物書き編。何を書いて居るか/読んで居るか等。
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 それをですよ……、どうして、僕が、今、少ない情報だけで、
 簡単に賛成だ、反対だと言えるでしょうか。
 それが正しい事なのか、間違っている事なのか、誰が知っているでしょう?

 

 随分久々に感想文など。
 森博嗣。まあ、ぶっちゃけてしまえば東方繋がりなのだった。

 もう一つぶっちゃけてしまえば、記憶を取り出せる限り、ミステリーを読んだのはこれが初めてです。
 富士見をミステリーとは思わない。
 読んでいなかった理由は単なる食わず嫌い、食わず嫌いをしていた訳は割愛します。

 ……その、ミステリーってこんな面白かったんですか?(ちょ

 読めばわかるのでトリックに言及はしません。
 ――「トリックに言及はしません」。この時点で、俺が感想を述べようとする時、ミステリーは他ジャンルと差別化して感想を言わないと成り立たない。多分、真実まともっぽい感想を書こうと思ったら、ミステリー同士をつき合わせて見る他にない。だがそうする事は今は無理なので、いつも通り。

 で、いつも言っている話……俺は、著者の「スタンスらしきもの」をだけ読み取った心算で感想を書くんですが、ミステリーはこれが難しい。何せこの話、主題が分解されて理論になっていた。
 勅使河原順が実は正真の多重人格者で、それを幾つもの人物を演じ書き残している小説家に準えているのかもしれないという、読み手(俺)の予想は、本当の所余り重要な部分とは感じられなかった。きっとこの本は、純粋に、自分の予想を裏切られる事を愉しむ為のものだろう。
 “バルブ”内での殺人に用いられたトリックの種明かしと同じくらいに、1から5の章末にある、勅使河原順の台詞が焼きついている。

 ところでそう言いつつ、しかして感想を書こうと思ったのは、それなりの理由があるからです。
 それは、情を交えない理論というものが、文章を残すにあたって、ひいては日々適当に生きるにあたって、かなり重要なものかもしれないと気づかされた、という事です。
 これは小さいけど、ブレイクスルーになったと思うんだ。

 情を交えない、という部分に冷たさを感じる様では垢抜けない。
 こうだからこう、ああであるからそう、という物凄く単純な方程式を意図的に作ってみるだけで、飛躍的に物事に対する視野は開けるんではなかろうか。あなたの苦手は、本当に自分の成したい事を顧みて不要かどうか、とかね。

 小説に関しても同じ事が言えるな、と。
 嘘と勢いとハッタリは重要である。が、それを使い古した時最後に頼れるのは、時間をかけて築き上げられた人間の知性ではなかろうか。
 武器と引き出しが多いに越した事はない。いや、寧ろそれらの多さこそが近頃、人に望まれているというか、「観られている」部分なのだと感じる時がある。
 SEである父がそう云っていたからではないが、多分、一つか二つだけのファクターを丁寧に磨き上げる時代は終ったんである。頭打ちとは違うが、色々な技術が伸び悩んでいると聞く。
 それよりも、可能な限り多くのカードを切りまくる獰猛さが、垢抜けていると認識される時代だと思う。
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